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水戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)1号 判決

原告

手塚幸一

被告

工業技術院公害資源研究所長中村悦郎

右指定代理人

岩田好二

三ツ木信行

鈴木健策

中島文夫

川田武

高信幸男

小山隆

平野秀夫

下蔵良一

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  本件訴状の記載によれば、原告は、「被告が昭和六〇年一一月一日付でした古谷紳次の物品係長への昇任及び行政職(一)六等級から五等級への昇格を取消し、原告を昇任昇格する。被告が右同日付でした辰巳かをるの行政職(一)六等級から五等級への昇格を取消し、原告を昇格する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めるというのであるが、本件訴状全体の記載により補充整理すれば、原告の被告に対する本訴請求の趣旨は、「被告がいずれも昭和六〇年一一月一日付でした工業技術院公害資源研究所職員古谷紳次を同研究所の物品係長に昇任させる処分及び同人を一般職の職員の給与に関する法律別表第一行政職俸給表(一)の六等級から五等級へ昇格させる処分をそれぞれ取消す。被告が同日付でした同研究所職員辰巳かをるを同俸給表(一)の六等級から五等級へ昇格させる処分を取消す。被告は、原告を右物品係長に昇任させ、かつ同俸給表(一)の五等級へ昇格させる処分をせよ。」というものと解することができ、原告が主張する請求の原因は次のとおりである。

1  原告は、大学卒の学歴を有するものであるが、昭和四四年七月二八日付で工業技術院職員として採用され、昭和六〇年三月一日付で工業技術院公害資源研究所の業務主任に任命され、同年一一月一日現在で一般職の給与に関する法律別表第一行政職俸給表(一)の六等級一二号の俸給を受けているものである。

2  被告同研究所長は、工業技術院の職員につき任命権を有する工業技術院長から、同研究所に配属されている行政職俸給表(一)の五等級以下の職員について、任命権の委任を受けているものである。

3  被告は、いずれも昭和六〇年一一月一日付をもって次の各昇任昇格処分をした。

(一)  高校卒の学歴で昭和四八年三月二〇日付採用の同研究所契約係職員であった古谷紳次を同研究所物品係長に昇任させるとともに、同人を行政職俸給表(一)の六等級七号から五等級へ昇格させた。

(二)  昭和六〇年一〇月一日付で同研究所庶務課人事係主任に任命された職員辰巳かをるを同六等級から五等級へ昇格させた。

4  しかしながら、以下の理由により、被告の前項の各処分はいずれも違法であり、被告は原告を物品係長に昇任させ、かつ、五等級へ昇格させるべきである。

(一)  国家公務員法によれば、「すべて職員の任用は、この法律及び人事院規則の定めるところにより、その者の受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基いて、これを行う。」(第三三条第一項)とされているとともに、「昇任すべき官職の職務及び責任に鑑み、人事院が、当該在職者の間における試験によることを適当でないと認める場合においては、昇任は、当該在職者の従前の勤務実績に基く選考により、これを行うことができる。」(第三七条第二項)とされており、さらに人事院規則によれば、「選考は、選考される者の当該官職の職務遂行の能力の有無を選考の基準に適合しているかどうかに基いて判定するものとし、必要に応じ、経歴評定、実地試験、筆記試験その他の方法を用いることができる。」(同規則八―一二第四四条)とされている。そして勤務実績については、「定期的に勤務成績の評定を行い、その評定の結果に応じた措置を講じなければならない。」(同法第七二条第一項)とされ、勤務評定については、その根本基準が人事院規則一〇―二に、その具体的な方法が勤務成績の評定の手続及び記録に関する政令並びに勤務成績の評定の手続及び記録に関する総理府令にそれぞれ規定されている。

国家公務員の任用に当たっては、これらの各法規に故意に違反し又は故意にその施行を妨げるなどの行為をしてはならず(国家公務員法第一条第三項)、また、同法第五五条第三項、第一〇八条の七の規定及び人事院規則八―一二所定の平等取扱原則に違反してはならない。

そして、公害資源研究所は人事院規則九―八行政職俸給表(一)等級別標準職務表上の管区機関であるところ、同規則第三条及び同職務表によれば五等級は係長又は主任の職務に、六等級は主任の職務に各該当するものであり、六等級から五等級に昇級させるには、同規則第二〇条第一項第二号、等級別資格基準表により必要経験年数一三年又は必要在級年数四年を有していなければならないものである。

なお、一般職の職員の給与に関する法律第八条第六項では、現号俸を受けてから一二か月間以上良好な成績で勤務したときは一号俸上位へ昇給をさせることができるとし、同条第七項では、勤務成績が特に良好である場合は右期間を短縮し若しくは二号俸上位へ昇給させ又はこれを併せて行うことができるとしている。

(二)  原告は、毎年実施されてきた勤務評定の結果として古谷紳次及び辰巳かをるの両名よりも号俸が上位となっていたもので、学歴も上位であり、公害資源研究所総務部のおおかたの係を経験し、工業技術院会計課職員にも併任された経歴を有し、広い見地から組織及び業務内容を学び取ってきた者である。従って、前記関係諸法規に照らせば、被告は、かかる原告を、右両名に先立って、物品係長に昇任させ、かつ、五等級へ昇格させるのが道理である。

(三)  それにもかかわらず被告は、不合理にも、原告を昇任、昇格させず、古谷及び辰巳に対する前記の昇任、昇格処分をしたものであるから、右各処分には裁量権の範囲を越え、又はこれを濫用した違法があるものというべきである。

5  よって原告は、前記各処分の取消しを求めるとともに、被告に対し、原告を物品係長に任命し、かつ、五等級へ昇格させることを求める。

二  原告の本訴請求は、任命権者工業技術院長から任命権の委任を受けた被告公害資源研究所長が、権限に基づいて、訴外の職員を特定の上位の官職に昇任させた処分及び訴外の職員の給与について俸給表の上位の等級に昇格させた処分の各取消請求のほか、被告同研究所長に対し原告自身を右上位官職に昇任させること及び上位等級に昇格させることの各作為を求める請求を含むものである。

そこで、本件各訴えの適否について判断する。なお、昇格については、昭和六〇年法律第九七号(昭和六〇年一二月二一日から施行、同年七月一日から適用)により「一般職の職員の給与に関する法律」が改正され、職員の「職務の等級」は「職務の級」として再編成された(以下、改正前の右法律を「旧給与法」、改正後の同法を「改正給与法」と称し、両者を合わせて単に「給与法」という。)ので、本訴請求のうち、原告を上位の「職務の等級」に昇格させる作為の請求は、改正給与法における対応する上位の「職務の級」に昇格させる処分の作為を請求するものとして判断する。

1  国家公務員の任用制度においては、一般職の職員の職務は、その複雑、困難及び責任の度に基づき俸給表に定める職務の級(旧給与法では「等級」、以下同じ)に分類され、その分類の基準となるべき標準的な職務の内容は、人事院規則九―八別表第一の「級別標準職務表」(旧給与法下では「等級別標準職務表」、以下同じ)に定められている(給与法第六条第三項)。右分類は、直接的には給与についての分類であるが、未だ職階制が実施されていないため、国家公務員法第二九条五項により職階制の計画とみなされ、人事院規則八―一二第八一条により「従前の例」によることとされて、昇格は広い意義での昇任の一態様として取扱われてきたのである(人事院事務総長通達任企三四四第五条および第八十一条関係(2))。

2  昇任及び昇格を含む職員の任用は、国家公務員法及び人事院規則の定めるところにより、その受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいて任命権者がこれを行うものであり(国家公務員法第三三条第一項)、昇任及び昇格の方法は競争試験又は選考によるものとされている(同法第三七条第一、二項)。

3  これを昇任についてみると、人事院規則八―一二第八五条第二項所定の官職(各省庁の課長等と同等以上の官職)以外の官職についての選考は、任命権者が選考機関としてその定める基準により行うものとされている(同規則八―一二第九〇条第一項、前記人事院事務総長通達第四十二条、第四十五条および第九十条関係)。

4  以上の諸規定による制度の趣旨に鑑みれば、昇任の選考は、当該組織の管理運営の権限と職責を有する任命権者が各職員の資格、学歴、経験、資質等を総合的に検討し、職員の能率が充分に発揮、増進されるべく、かつ、当該組織の運営全般を考慮して行う固有の裁量に属する行為であると解すべきである。

5  昇格については、その要件として、(1)昇格させようとする職務の級が当該職員の職務に応じたものであること(人事院規則九―八第二〇条第一項)、(2)昇格させようとする職務の級ごとの定数の範囲内であること(給与法第八条第二項、同規則九―八第四条第二項)、(3)人事院規則九―八別表第二の級別資格基準表(旧給与法下では「等級別資格基準表」)に定める必要経験年数又は必要在級年数を有していること(同規則第二〇条第一項第二号)、(4)昇格前の職務の級に一年以上(旧給与法下では二年以上)在級していること(同規則第二〇条第三項)が必要であるほか、実際の運用に当たっては、(5)勤務成績が良好であることが明らかでなければならないとされている(昭和四四年五月一日給実甲三二六通達「人事院規則九―八(初任給、昇格、昇給等の基準)の運用について(通知)」第二十条関係第一項)。そして、国家公務員法第三三条第一項の規定及びこれに基づくものと認められる右(5)の通達にいう勤務成績の内容を具体化したり、その認定ないし選考方法を具体的に定める法律、規則等は存在せず、加えて各職務が俸給表の各級に格付けされ、昇格が昇任と同様に広義の昇任の一形態とされていることを合わせ考えれば、前示の各要件を備えた職員のうちの誰を、どの機会に、より複雑困難で責任の度の大きい職務に対応する上位の級に昇格させるかという判断もまた任命権者の固有の裁量に委ねられているものと解すべきである。

三  以上を前提として、原告の本件各訴えのうち、原告以外の他の職員(古谷紳次及び辰巳かをる)を昇任、昇格させた各処分の取消しを求める訴えの適否を検討する。

およそ、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができ、単に事実上の利益ないし反射的利益を有するに過ぎない者は提起することができないものであるところ、前記のとおり、原告が取消しを求める右各行政処分は任命権者である被告の固有の裁量に属する行為であり、その要件、方法等を定めた前掲各法規等には、昇任、昇格の処分を受けた当該職員以外の職員(以下「他の職員」という。)の個別的な利益を保護することを目的としてこれらの権限の行使に制約を課すことを定めたものと解することのできる法規は存在しない。(原告が挙示する各法規も他の職員の個別的な利益を保護することを目的とした法規とは解せられない。)

そして、古谷及び辰巳が昇任、昇格したことにより実際上原告が昇任、昇格できなかったとしても、それは右各処分の法的効果としてではなく、事実上昇任、昇格の機会を逸したというに過ぎず、これにより原告の法律上保護された利益が害されたとはいえないし、右各処分の取消しにより原告が昇任、昇格する可能性を回復することは事実上の反射的利益に過ぎない。

従って、原告には右各処分の取消しを求める法律上の利益がないと解すべきである。

四  次に、被告に対し原告を昇任、昇格させる行為を求める訴えの適否について検討するに、右のような行政庁に対する行政処分の作為請求を内容とする訴えは、行政庁が当該処分をなすべきことが法律上羈束されていて、裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保する意味がない場合に限って許されるものと解すべきところ、本件においては、被告公害資源研究所長において、資格を有する同研究所職員のうちの誰を特定官職に昇任させ、また昇格させるかについては、前記のとおりその固有の裁量に委ねられているところであり、被告において、原告を物品係長に任命し、昇格させるべきことを法律上羈束されているものとは認められないから、被告に対しこれら各処分の作為を訴求することは許されないと解すべきである。

五  以上の次第で、原告の本訴各訴えはいずれも不適法であり、その欠を補正することができないものであるから、口頭弁論を経ずしてこれらの訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉惺 裁判官 近藤壽邦 裁判官 達修)

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